スポンサー広告

スポンサーサイト

 ←大河ドラマ「平清盛」第20話「前夜の決断」内容その2 →大河ドラマ「平清盛」第20話「前夜の決断」内容その4
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【大河ドラマ「平清盛」第20話「前夜の決断」内容その2】へ  【大河ドラマ「平清盛」第20話「前夜の決断」内容その4】へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit

未分類

大河ドラマ「平清盛」第20話「前夜の決断」内容その3

 ←大河ドラマ「平清盛」第20話「前夜の決断」内容その2 →大河ドラマ「平清盛」第20話「前夜の決断」内容その4
そして、7月8日の戦いの3日前のこと、
都の人々は慌てて逃げていく。帝方、上皇方、それぞれのもとへゆかりの武士たちが
諸国からめし出された。ちんぜいで名をはせたとうせいむそうのごうけつ
原八郎為朝も京へ向っていた
このあわただしい都の町に比叡山の悪僧、鬼若は来ていた


そのころ、清盛は弓矢の修練をしながら帝方の動きと上皇の動き方を
どうなるか?作戦に入っていた

いっぽう上皇方「崇徳院」では鳥羽田中殿
教長「平氏はまだたちばをはっきりとさせておりませぬ」
頼長「私の荘園をわけあたえると言っておるに。いまいましい」
頼長、扇をひらきパチン!と音をたてながら言う

そして御所の帝方「後白河帝」では
信頼「平氏はいまだに、どちらにつくともあきらかにしておらぬ」
成親「上皇方は恩賞でもちらつかせておるやもしれませぬ
我らもなんぞやけえさでつってはいかが?」
信頼「平氏なんぞにこびねばならぬとは・・・面白うないのう」


いっぽう源氏の義朝は鳥羽院御所にいる後白河帝側の
美福門院のもとへかけつけていた。美福門院は平氏はどちらへつくのか?と
ゆう第度を聞いていた
美福門院「平氏はまだ態度を決めておらぬそうな。下野紙」
義朝「は」
美福門院「そちの親兄弟は皆、上皇方についておると聞く
それでもそちは我らにしたがうと申すか?」
義朝「誓い文に名をしるしましたとおり、亡き法皇さまへの忠義に
一天の曇りもございませぬ。たとえ親兄弟で殺し会うことになろうとも
帝をお守りするため戦いぬきまする」
義朝の言葉を聞いた美福門院は
美福門院「よう申した」

ここでのシーンでは義朝は父為義、そして弟源八郎為朝が
崇徳院側についていることはわかっているからこそ
親であろうと兄弟であろうと戦うと言ってます
また、美福門院ですが池禅尼と同じ頭に白い布を
かぶっています。鳥羽法皇が崩御後に
再度出家したのでは?と思います

そして為義は頼長の屋敷へ行き
頼長の前で家人の通清、正樹よともども平身低頭して
為義「わが子義朝のふらちなるしょぎょう、まことに申しわけ
ござりませぬ。ここにおりますわが子らは命をとして左大臣さまの
おんために働く覚悟をしおりますれば、何とぞ!何とぞ!」
頼長、上座から立ち上がり為義の前で
頼長「きっと勝て」
為義「は」
そう言って頼長は立ちさつた。
すると、通清が為義の側へ行き
通清「このまま戦うおつもりにござりまするか?まこと親子が!
てきみかたに別れて戦うのですか!」
為義「他にいかなる道があると申すか?」
通清「ときふせてこちらに連れてまいるのです!」
為義「ときふせられると思うてか。正清、そちは好きにいたせ
そちはわしの子ではない。だか、義朝と共に育った乳兄弟。
戻りたくば、戻るが良い」
為義は思いなやんだ末の諦念を浮かべ正清のほうを見て話した。しかし正清は
正清「いえ、ここにおりまする」

ここでのシーンでは為義が我が子である義朝のふらちなしょぎょうを
詫びるのですが、頼長さまは「きっと勝て」としか
おしゃらなかったですね。できれば
もう少しセリフを出してほしかったです
また、正清は為義側にいると言いますが
心の中では義朝のところへ・・・?と
考えているのでしょうか?
*続きはその4に書きます。
スポンサーサイト



もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【大河ドラマ「平清盛」第20話「前夜の決断」内容その2】へ  【大河ドラマ「平清盛」第20話「前夜の決断」内容その4】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【大河ドラマ「平清盛」第20話「前夜の決断」内容その2】へ
  • 【大河ドラマ「平清盛」第20話「前夜の決断」内容その4】へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。